震災のこと 10

3月に起きた震災の記録の続き。

いつもは、仙台ー東京間は新幹線で二時間半だ。
 だが、あの時は2日かけて移動、ようやく実家の
ある駅に着いた。

 駅の改札を出たら、花屋と喫茶店が営業している。
 今まで、花とかコーヒーを楽しむどころではなくて、
 普通の食べ物を手に入れるのさえ本当に大変で、
ずっと「コーヒーをのんびり飲む」
なんてできなかった。
 だから喫茶店の明かりを見て、その違いに驚いた。
 水が断水してる間は、給水車に長時間並んだりして
ようやく手に入れていたのだ。 
花に水を、どころか、自分が必要な水を得るだけで
皆必死だったので、
「お花屋さんが開いている」と
いうのは、それだけ日常が維持されているという
事なのだ。 

300キロ移動するとこんなに状況が違うんだな〜と
あらためて感じる。
 スーパーを覗くと、水、パンとか缶詰、、、特定のものは
確かに陳列棚から消えている。
でも他の食料は充分にある。
 新潟でも感じたが、東京も被災地ではないのだ。 

 ヨロヨロとTOUMAIに辿り着き、Amahinaを覗くと、
いつもと変わらない
光ちゃんと猫のメロンが見えた。 
懐かしさと嬉しさでいっぱいになり「光ちゃ〜〜〜ん」
と声をかけたら、心配して出てきてくれた。

 それからTOUMAIでむさぼる様にランチを食べた。
 久しぶりの生野菜。
久しぶりのコーヒー。 
久しぶりの喫茶店!! 
それから、スタッフのアヤちゃん&ワダッチ相手に、
ひたすらひたすら話をした。
 話したい事が沢山あって、止まらなかった。

 あの大変だった日々も本当の事で、今ココにいる
自分も現実で。
まったく違う状況だけど、どちらも
今、同時に現実に起きている事で。
 で、仙台にいる友達は今日も給水車に並んだり
売れ切れのおむつを手に入れる為に
四苦八苦しているだろう。
 こうして私だけがコーヒーを飲んでいる事に、
なんだか申し訳ない気持ちにもなった。

 そしてひたすらしゃべり続ける私に、みんなが
ランチをごちそうしてくれた。
 そしてカウンターの上に置かれた募金箱に気づく。 
こちらでも、気にしてくれている。
 嬉しかった! どうも、ありがとう! 

結局、東京には二週間ほど滞在した。 
その間、何度か計画停電があり、ある日は19時から
実家のある地域で一斉に停電がはじまった。
 ガタン!
ブレーカーが落ちる音と共に急に街が静まり
返り、長い夜が始まる。
 遠くの信号で交通整理をするおまわりさんの笛の音が
静かな街に鋭く響く。
 だいたい3〜4時間ほど続き、また賑やかで明るい夜が
戻る。
真っ暗な夜は、何も出来ずに寝るしかない。
 もう寝よう!と目をつぶったら、
シャカシャカシャカ、シャカシャカ、シャカ、、、
 変な音が聞こえる。
その音が廊下を移動してトイレに入った。 
 ン?
 暗がりに目をこらすと、父が握っているライトから
シャカシャカシャカ音が鳴る。
 どうもハンドルを握って電力を起こすライトらしい。 
「お父さん、それって本当の非常時は疲れるよ。
普通のを買った方がいいよ。」
というと、 
「ん〜〜、シャカシャカ、そうか〜シャカ、シャカ」
 いつもの生返事のままシャカシャカさせながら、
自室に戻って行った。

 久しぶりの父は全く変わらなかった。 
私がいようが、おちびが泣いてようが、食事し、
ひっくり返った昆虫のようなオリジナル体操をし、
 きっかり20時には「シュウシン!(就寝)」と
寝ていた。
 そのマイペースさにちょっと和んだ。

丁寧に時間をかけた贅沢な作品は、目に見えない時間を閉じ込めたもの。
それが飾られた場所の空気を本物にします♫

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イタリアで美術を学んだ画家と、楽しい学びの時間

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