父が、やってくる

父がやってくる。

 どこの家庭でも家族のおもしろエピソードは
少なからずあると思うのだが、
 父は、かなり変わっていた。

 私が、小学6年生で登校拒否になったころ
「学校へ行きなさい」ではなく、
 「人は社会の中で生きるものだ。一人では生きて行けない。 
お前が、そこまで学校へ行きたくないのなら、家を出て
洞穴でもいって一人で生活してみなさい」 
大真面目に言われたことがある。

なぜ、洞穴?? 

ちょっと吹き出しかけたが、父はあくまで真剣だった。
 その後も、何を言われても頑なに学校へ行こうとしない私に、 
「小さい人間になるな。”徳川家康(の伝記)”を読みなさい」
と 一言いった。
 徳川家康の忍耐力をもってすれば、世の中の大抵の事は、
解決できると、信じているようだった。

 13歳のハローワークのころ、父から山梨の施設に送られてくる手紙は、 
いつも、注意事項が箇条書きになっただけのもので、
特に重要なところは、赤ペンで◯と、波線がついていた。 
なので、たった一通だけ「名古屋(単身赴任していた)は
桜がきれいです」と記したはがきが
届いた時は、初めての人間らしい文章にものすごく驚いた記憶がある。 

その後、家に戻り、再び父と生活する様になって、 飛び抜けた生真面目さがおかしみを誘うのだと
ようやくわかった。
 毎週火曜になると、決まった時間に運動に出かける。
 ある日、私もついて行った。 
近所の道をマラソンし、とある学校の近くへ、、、
夜の学校の門は固く閉まっていた。 
脇には
「部外者の立ち入り禁ず」
「不審者は見つけ次第、通報します」
とある。 
ふと振り返ると父の姿がない!
 と、おもむろに門をよじ上ってる老人=父がいるのはないか! 
 まさしく“部外者”が“不法侵入”してる。
 運悪く、犬を散歩させた人が通りがかり、
目を丸くしてこちらをみていた。
 焦った私の静止など振り切り、
校庭に降り立つと、一心不乱に走り始めた。

 聞けば、数年前から毎週火曜は校庭を走る と
決まっていて、看板はどうもそのころに立ったらしい。
なりゆきで、私まで校庭を走るはめになったが、
門を再び乗り越えて外に出るまで、
警察に通報されるのではないかと ずっと冷や汗がでた。

また別のある日。実家のある高尾は、自然の多いところ。 
ある日、庭に猿が出没した。 
高尾山からでも逃げてきたのだろうか? 
興奮して駆け回る猿に、警察まで出動する騒ぎと
なったのだが、
父は、騒ぎを聞きつけて
窓から顔を出した隣人に、
「あの〜、お宅で飼ってる猿ですかネ〜?」
真剣に聞いていた。

 他にも、まだまだ珍エピソードがあり、
ネタは尽きないのだが、
 退職してからは、絵を愛し、畑を愛し、猫を愛し、
平和に暮らす姿を見ていると、
何となく和む。

 そんな父が、はるばるやってくる。

こっちの都合など全く気にせずに、 18時になれば、 きっかり「お〜い。飯はまだかね?」 
きっかり20時には
「就寝!!」周りが何をしてようが、どんな状況だろうがとマイペースを貫く。

私たちは翻弄されるのだろうが、
それはそれで、なんだか可笑しい。 

姉のウェブエッセイにも、そんな父の事が
掲載されています。
mammo.tvの過去のコラムはこちら

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イタリアで美術を学んだ画家と、楽しい学びの時間

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