Oさん

フィレンツェに行ったらOさんに会いにいったらいいよ。
美術の知り合いから紹介されたのはOさん。
汚れた公衆電話から、教えてもらった番号にかけるとすぐOさんが出た。

郊外の家に早速会いに行く。観光客あまりいない静かな住宅地。
番地をみながら道をうろうろしていると、イタリア人の子供が
Oさんの家を教えてくれた。
地元のつながりが強い地域らしい。

呼び鈴を押すと、小柄な少女のような容貌のOさんが出てきてくれた。
異国でたくましく暮らす女性のイメージと全く違うので少々面食らった。

だが不思議と初対面の感じがせず、
Oさんと私は、しゃべりにしゃべった。
 
傍らにいたOさんの小さな子供は、
現地の幼稚園に通いもちろんイタリア語はペラペラである。
その分 日本語がうまく話せなくなってきたそうで、
私たちがひたすら話すそばで
 おとなしく遊んでいた。

 Oさんは、私と同じ日本の美術学校を卒業してから しばらく会社で働いていたそうだ。
 何年かたったころ、ふと思い立ってフィレンツェに
留学しようと思ったのである。 
「へえ、何がきっかけだったんですか?」
、、、しばらくの沈黙の後、Oさんが答えた。
 「その当時、飼っていた猫が亡くなったのよ」
ちょっと驚いた。
 誰も知り合いがいない土地、海外で、
女性が一人で暮らしている。
しかもOさんは 小さな子供を一人で育てていた。
 その大変さをみじんも見せず、
さらっと「きっかけは愛猫の死」と
語る姿は
なんかあっけらかんと強く
私は妙に納得してしまった。 
「会社を辞めてフィレンツェに留学する
と上司に言ったら、そりゃあ大反対されたわよ〜」
 そりゃそうだろうなあ、と一緒に笑ってしまった。

 「どうして、そのままずっとイタリアにいようと
思ったんですか?
日本の方が生活するのは楽じゃないですか?」
 「確かに時々大変だな〜って思うけど、
イタリアって、結構助け合うって考え方が強くて」
「なんて言ったらいいかな。 助け合いって宗教観からきているのかもしれない。
それでこっちで生きて行こうって決めたの」

 後日、Oさんの子供が通う幼稚園のパーティに誘われた。
 いろんな人種と文化が入り交じって贈りあうプレゼントも各家庭の収入を反映し、
 豪華なお店の包みのものもあれば、公園で摘んだ花束あり。
実に多種多様だった。

人のつながりが、うわべだけでない何か濃密なものを感じた。
 Oさんの子供もはしゃいで仲間の子と走り回り実に生き生きしている。
仲間と共に談笑するOさんを見ていたら、
このコミニュティで生きて行く事を
選んだ理由が少しわかる気がした。

丁寧に時間をかけた贅沢な作品は、目に見えない時間を閉じ込めたもの。
それが飾られた場所の空気を本物にします♫

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イタリアで美術を学んだ画家と、楽しい学びの時間

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